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日本の宇宙開発のはじまり
内之浦の登場
ラムダの苦悩と栄光
初期のミューと宇宙科学
M-3S2とハレー彗星探査
M-3S2の惑星たち
はじまった大型の国際協力
究極の個体ロケットをめざして
M-Vの衛星たち
たくましき仲間たち
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ミューの進化
初代のミューM-4S
4段式から3段式へM-3C
未知の軌道へM-3H
全段制御のM-3S登場
大雪
草創期の衛星たち
「たんせい」最初の試験衛星
「しんせい」日本初の科学衛星
「でんぱ」電離層から磁気圏まで
「たんせい2」M-3Cロケットの初衛星
「たいよう」熱圏をさぐる
大気とオーロラへの挑戦
「たんせい3号」M-3Hの初号機
磁気圏観測の新しい時代
「きょっこう」乱舞するオーロラに挑んで
「じきけん」プラズマ圏から磁気圏の深部へ
トラッキング数え歌
「おおぞら」中層大気を探る
「はくちょう」X線天文学、世界の舞台へ
コルサの思い出
敗者復活戦
打上げ直前 データレコーダの異常現象
機上データ処理装置と地上データ処理
輝く日々
曽野綾子のこと
日本のX線天文衛星の活躍
「たんせい4」──「ひのとり」「てんま」への布石
「ひのとり」X線で見る太陽フレア
新しい太陽像
「てんま」ラピッド・バースターの観測
初期のMロケットで軌道に運ばれた衛星には、工学研究者と理学研究者がスクラムを組んだ数々の工夫がつまっている。そこに「人間の好奇心と挑戦心と匠の心」を発見することは、いともたやすいことである。